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株式会社のオーナーの方がお亡くなりになると、その保有株式が遺産となります。
同族会社の株式が遺産となっている場合、遺産分割や遺留分侵害額請求事件を解決するために、株式の時価を算定する必要があります。
こうした場面で株式の時価評価をするためには、コーポレートファイナンスや会計分野の知見が必要です。
当弁護士と税理士は、株価算定案件の経験と実績があります。このページでは、相続案件で中小企業の株価を評価する場面を念頭に置き、株式時価を算定する方法について、ご説明します。
※相続税の申告をする際も株価を算定しますが、この場合は別の算定方法を用いますので、注意が必要です。
株式会社の株式の時価を算定する手法には、大きく分けて、次の3つがあります。
①マーケットアプローチ:市場で株式が取引されている類似企業の株価を参考にする手法。
②インカムアプローチ:将来期待できる収益を基礎に、株式の価値を評価する手法。
③ネットアセットアプローチ:会社の純資産を基準に株価を評価する手法。
④ミックス型:会社の特性に応じて、上記の手法の複数を組み合わせ、株価を評価する手法。
裁判例では、④の方法が多く採用されています。これは、①②③の各手法にはそれぞれ一長一短があるため、偏りが生じないように、対象会社に適合すると思われる複数の算定方法を適切な割合で併用することが、相当であると考えられているためです(福岡高決平成21年5月15日金判1320号20頁参照)。
日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインも、①②③の各手法の評価結果を比較検討しながら、最終的に総合評価して株価を算出するのが実務上一般的であるとしたうえで、④の手法を取り上げています。
ただし、対象会社の特性によっては、ある評価方法からの評価結果を単独で適用するのが妥当な場合もあります。例えば、対象会社が、税務対策のために設立された資産管理会社である場合には、③ネットアセットアプローチで株価を算定することが妥当なこともあるでしょう。
マーケットアプローチは、株式の市場価格を参考にして株価を算定する方法です。
非上場株式の株価評価の手法として主なものに、類似上場会社法(倍率法、乗数法)があります。投資銀行等の実務の現場では、「Comps(コンプス)」とも呼ばれます。
これは、次の手順で評価します。
①対象会社と事業の性格や構造等が類似する上場企業を選定する(10社以上が望ましい)。
②選定した上場会社と対象会社の一株当たり利益や純資産などの財務数値を計算する。
③両社の財務数値を比較し、その指標の倍率を計算する。:代表的な数値例は、一株当たり税引後利益や、一株当たり純資産など。
④選定した上場会社の市場での株価に倍率を乗じて、対象会社の株価を算出する。
※非上場会社では、上場会社と異なり、株式を市場で売買することができず、流動性が低くなっています。株価評価にあたっては、この非流動性を考慮したディスカウント(非流動性ディスカウント)を検討する必要があります。
また、中小企業は、大企業と比較して事業の安定性が低いことが多いため、それを理由とするディスカウント(小規模ディスカウント)が必要となることもあります。
さらに、会社の支配権に影響が及ぶ株式については、支配権に関わるプレミアムの考慮が必要となることもあります。
この類似上場会社法では、後述のDCF法等とは異なり、FCFの推計や適切な割引率の推計といった難しい作業は不要です。そのため、計算方法だけを見れば、比較的容易に株価を算出することができます。
もっとも、類似会社の選定や株価倍率の適用を適切に行うことは、実際には困難です。そのため、類似上場会社法で算出された株価の信用性は、慎重に吟味する必要があります。
なお、近時の裁判例では、マーケットアプローチが採用されることは少なくなっています。
インカムアプローチには、主に、次の手法があります。
「1.配当還元法」は、中小企業の場合、配当を行っている会社が少ないことから、株式価値が低くなりすぎる欠点があります。
「2.収益還元法」は、過去の利益が今後も生み出されるとの予測をして簡易的に計算する方法です。そのため、複雑な処理が必要となる「3.DCF法」の簡便法ともいわれます。
「3.DCF法」は、インカムアプローチのなかで、実務において広く利用されている代表的な手法です。将来の収益獲得能力を評価に取り込める点で、優れた手法です。もっとも、将来の予想や仮定を積み重ねて株価を算出するため、客観性が劣るデメリットもあります。DCF法の詳細は、後述します。
DCF法では、次の手順で株価を算出します。
■将来フリー・キャッシュフロー(FCF)の算定
フリー・キャッシュフロー(FCF)とは、対象会社が、事業活動で生み出すキャッシュフローを用いて必要な投資を行った後に残る、余剰資金のことを指します。
将来FCFを予測する際は、実務上、3年から10年間の予想期間でFCFを予想します。その際、3年から5年程度の中期事業計画に基づく予想PL、予想BL等の資料に基づきFCFを予想することが一般的です。ただし、裁判例には、会社が事業計画を作成していない場合であっても、過去3年から5年分程度の財務データをもとにしたFCFの予想値を認めたものもあります(東京地判平成26年9月26日・金判1463号44頁)。
予想期間以降のFCFは、予測が困難なため、予想期間の最終のFCFが一定で成長するとの仮定を置いて(永久成長率モデル)、FCFを計算します。予想期間以降のFCFの現在価値の総和が、前記「3.」のターミナルバリュー(TV)です。
■割引率(WACC)の算定
キャッシュフローの価値は、現在と将来で同じ金額であったとしても、価値が異なります。将来の価値を現在の価値に転換する(割引現在価値を算出する)ためには、将来の価値を「1+割引率」で割る必要があります。
将来FCFとTVについても、現在価値に割り戻す必要がありますが、この際の割引率には、「加重平均資本コスト(WACC)」が多く用いられます。
WACCは、会社側から見れば資本の調達コストですし、投資家から見れば要求するリターンです。両者はコインの裏表の関係にあります。
WACCは、債権者が求めるリターンと、株主が求めるリターンの加重平均により求められます。想定される会社の資本構成に基づく、資本コスト(税効果後。負債コストともいう)と株主資本コストを加重平均したものです。
資本コスト(負債コスト)は、簡易的に、対象会社の評価時点における借入金金利を用いる方法があります。
株主資本コストの算出にあたっては、資本資産価格モデル(CAPM(キャップエム))モデルを用います。CAPMは、ノーベル経済学賞を受賞したW.Sharpeが提示したモデルであり、投資戦略におけるモダンポートフォリオ理論の1つです。
基本的な考え方は、国債などの安全資産の利回り(リスクフリーレート)に、対象企業のリスクに見合うリターンをマーケット・リスクプレミアムとして上乗せするというものです。
CAPMの考え方によると、株主資本コストは、次の計算式で算出できます。
「リスクフリーレート」は、通常、流動性の高い10年国債の利回りを用います。基本的には、直近のスポットレートを用います。金融緩和政策等により国債利回りが負の場合には、0%として取り扱います。
「マーケットリスクプレミアム」は、株式投資家が国債に比べて期待する超過リターンです。実務上、5~7%程度の数値を使用することが多いでしょう。
「β」は、株式市場と個別株式の相対的なリスク比を表した値です。評価対象株式の収益率と市場全体の収益率の共分散(2つの変数の関係の強さを表す、統計学上の指標)です。相続案件で問題となる非上場会社についてβ値を算出する際は、上場している同業他社のグループのβ値から算出します(厳密には、資本構成の差異による影響を除去するアンレバーが必要です)。
以上の資本コストと株主資本コストを、有利子負債総額と株主資本総額で加重平均したものが、「WACC(ワック)」です。
ここで検討を要するのは、割引率として単純にWACCを用いて良いかという点です。
遺産分割や遺留分侵害額請求事件で問題となる中小企業の場合、大企業よりも財務内容が安定的ではないとの理由から、リスクが高いと考えられています。そのため、中小企業に投資する株主は、企業規模が小さいことに起因するリスクに見合うだけのプレミアムを要求するはずであるとの考え方があります。これは、「サイズプレミアム」と呼ばれています。裁判例でも、サイズプレミアムを認めたものがあります(東京都観光汽船事件等)。これを認める場合、割引率は、WACCにサイズプレミアムを加算したものとなり、その分、株式評価額はディスカウントされます。
また、相続案件で問題となる中小企業は、株式の譲渡が制限されている非公開会社が大半です。非公開会社では、上場企業と異なり株式を市場で売買することができないことから、流動性が低く、株式を売却して現金化することが困難な場合があります。株主にとっては、その分リスクが高まりますので、それに見合うプレミアムを要求することになります。その場合、株式の評価額はディスカウントされます。これは、「流動性ディスカウント」と呼ばれます。
こうしたディスカウントは、日本公認会計士協会の企業価値評価ガイドラインでも、企業価値評価において考慮に入れるべき点であると指摘されています。もっとも、裁判例では、採否の判断が分かれています。
■ターミナルバリュー(TV)の算出
TVは、前述のとおり、予想期間の最終のFCFが一定で成長するとの仮定を置いて(永久成長率モデル。PGM)、予想期間以降のFCFの現在価値を合計したものです。現在価値の合計額は、無限等比数列の和の公式により算出します。
TVの具体的な計算式は、次のとおりです。
永久成長率gは、将来の不確実性が大きく予測が困難であることから、簡易的にゼロとすることもあります。
TVを算出する場面におけるFCFの値については、注意が必要です。TVを求める際、将来的には減価償却費と設備投資額が均衡するとの前提で、税引後営業利益から運転資本増加額のみを控除した値を予測最終年度のFCFとして用いる方法があります。これは、会社が安定成長するフェーズになれば、合理的な企業は、長期的に減価償却の範囲内で設備投資を実施するとの考えに基づきます。
■バリュエーションの決定
会社の事業価値は、前述のFCFの割引現在価値とTVの割引現在価値を合計して、算出します。
次に、株価を算定するには、会社の事業価値に、非事業価値を加算する必要があります。現預金については、①事業の運営に必要なキャッシュと余剰キャッシュを区分し、後者を非事業価値に加える考え方と、②保有している現預金の全てを非事業価値に加える考え方があります。①の方が理論的には望ましいといえますが、実務では、使いやすさ等の観点から、②の方法も用いられています。
次に、会社の債務(有利子負債その他固定負債)を事業価値から控除する必要があります。
こうして、会社の株主価値を算出します。株主価値を発行済株式総数で割った数値が、理論上の1株当たりの株価です。
なお、DCF法には、前提条件の設定次第で結論が左右される難点があります。そこで、前提条件となる各種のパラメータが変化したときに、株価にどういった影響を与えるのかを確かめる感応度分析という手法があります。
ネットアセットアプローチ(純資産法)は、対象会社の「純資産の額」を「発行済株式総数(自己株式を除く)」で割り株価を算出する方法です。
相続の場面では、被相続人が税務対策等のために会社を設立し、被相続人が保有する不動産を会社に譲渡していることが珍しくありません。こうした会社は、いわゆる「資産管理会社」ですが、資産管理会社の業務は、資産を管理運用することが中心であるという特性があります。こうした特性からしますと、資産管理会社の株式の評価では、ネットアセットアプローチの比重を大きくする方が、実態に即していることが多いといえます。
ネットアセットアプローチの「純資産の額」を算定するにあたっては、貸借対照表(BS)上の帳簿価額に基づく方法(簿価純資産法)と、資産を時価に引き直して算定する方法(時価純資産法)があります。
時価純資産法は、会社を解散・清算して会社財産を直ちに処分する場合の価格に引き直す方法(清算価値法)と、会社財産と同じもの(新品ではない)を調達する場合の価格に引き直す方法(再調達価値法)があります。清算価値法は、会社の解散を前提としていますが、再調達価値法は、新規に事業を開始した場合と同等の価値を算定する考え方による方法です。
簿価純資産法の方が簡便ですが、簿価として計上されているのは基本的に取得価額ですので、実際の資産価値と乖離している可能性があります。この問題点を改善するために、土地や有価証券などの、時価と簿価がずれやすいものに限って時価に直して計算する方法(修正簿価純資産法)があります。
なお、国税庁の純資産価格方式は、税務申告の際等に用いる考え方であり、遺産分割や遺留分侵害額請求の場面では必ずしも通用するものではありませんので、注意が必要です。(なお、これらの場面でも、簡易的な計算方法として、国税庁方式が用いられることはあります。)
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